わたしには、一人でフラッとどこかに行きたい欲がある
それは、精神的な抑圧を感じての逃亡でもなく、かといって趣味と言えるほど、ディープなものではない。2ヶ月にいっぺんくらいの間隔で、カレンダーの余白を見つけ、一泊知らない場所に行く程度のものだ。
かの尊敬するコジコジ大先生もこのように言っていた。
「知らない 場所だから 面白いんだよ」
「コジコジは毎日 知らない場所へ 行くよ」「それが 好きなんだ」
毎日知らない場所へ行くとは、さすがは大先生。
無職(職業訓練校通い)で時間にゆとりのある生活をしているのに、一人旅をわざわざ人が多いGWに充てるのはもったいない気がして、その前に行こうとカレンダーを見つめていると、ちょうど「余白」が見つかった。
そうだ、森林公園へ行こう
見つけた「余白」は、学校がお休みの金曜日だった。しかし、翌日には法事がある。ここを有効活用できないか?と思い、いっそ法事がおこなわれる「森林公園」に前泊しちゃえばいいのではないか、という案が浮かんだ。
「森林公園駅」とは、埼玉県比企郡滑川町にある東武東上線の駅で、都内の住人でも東横線や副都心線を乗ったことがあるならば、終点の駅としてホーム案内板で見かけたこともある人もいるだろう。わたしにとっては、祖父母が眠る墓があり、数年に一度訪れる場所ということがプラスアルファ情報だ。
森林公園駅で、一番有名なことは「終着駅」であるといっても過言ではないくらい、のんびりした街だ。以前、電車組と車組でこの駅で待ち合わせをした際、渋滞に巻き込まれた車が1時間以上遅れたことがあった。見慣れたチェーン店はなく、休日の昼12時前の地元の飲食店は閉まっており、結局、駅前ロータリーのベンチでネットフリックスを見て、時間を潰したことがある。そんな時間の流れ方をしている土地だと想像してほしい。
Googleマップで周辺検索しても、めぼしい施設の情報はないが、そんなことは想定内。わたしは、「サウナイキタイ」アプリを立ち上げ、「森林公園駅」と入力し、一縷の望みを込めて検索ボタンをタップする。
すると、サウナが3〜4件出てきたのだ。しかも2020年以降開業と比較的新しい…ということで、時間をつぶすためのコーヒーも満足に飲めなかったあの駅で、一泊することに決めた。
目指すは、テルマー湯と森林ホテル
サウナイキタイを見ながら、「テルマー湯東松山滑川店」と駅前の「森林ホテル」に行き先を定めた。
テルマー湯は、もともと休業していた温浴施設を、新宿にある有名な施設テルマー湯が、2022年10月にリニューアルさせたらしい。テルマー湯の向かいのベイシア(スーパー)には、何度か行ったことがあるが、施設の存在すら認識していなかった。それもそのはず。どうやら約4〜5年近く休業していたらしい。
当日は、森林ホテルにチェックインして荷物を置き、そこから徒歩で30分のテルマー湯に向かおうと決めた。
テルマー湯東松山滑川店
テルマー湯は、温泉の周りにグランピングのキャビンが沢山設置してある。ここに泊まることもできるし、温泉だけを利用することもできる。
内風呂はひとつだが、とても大きい。目の前に天井までいっぱいの大きな窓があり、外の緑を見るのに邪魔をしない。ふぅと深呼吸がつける。
そして広い外風呂。水風呂が温泉なのも珍しい。奥には休憩用のリラックスチェアが5〜6脚。とてものんびり過ごせるのだが、これが1,000円という街の銭湯価格で過ごせるのが魅力的。
以前に施設があったことを知らずに来たので、入店後は、それとなく古い感じがしたのが気になっていた。元々のものを余り手を加えずに生かしている感じ。
お風呂は広くていい。深さは膝立ちの姿勢がちょうどになる。お風呂といえば、背中と足が90°の角度の、座る姿勢のイメージがあるわたしは、好ポジションを見つけるまで少し時間がかかった。
外の露天風呂は、岩を切ってそのまま埋めたのかと思うくらい岩肌をダイレクトに感じられた。お風呂を出るとお尻に岩のカタチがくっきりついていて、思い出を彫り込んだ気持ちになった。
サウナは、リニューアルされたのだろうか、広くて清潔感がある。人が多くて、ソーシャルディスタンスが気になるということもない。
その中には、サウナスーツを着て苦悩を露わにしながら入っている人がいた。明日、ボクシングの計量なのかなと思う。サウナスーツってサウナのように汗をかけるものであって、果たしてサウナの中で着るものなのかと思った。明日計量だから仕方ないか、と頭を振る。
わたしの隣には、頭に2枚のタオルを巻いて、入念に髪の毛と顔の乾燥を防いでいる人もいた。その人は、かつてのセクシーアイドルが流行らせていたあのM字開脚ポーズをしていた。手持ちのタオルは全て頭部に身につけているため、下半身はノーガード戦法だった。隠すところ、守るところは人それぞれだ。
サウナは親しみ始めて日が浅いため、毎回様々な発見がある。
外で浸かる水風呂も気持ちがいい。まだ春だが、夏を感じられる日だったので、水温もマイルドだったが、底の部分はシンと冷えていて、埼玉の夜の寒さを想像させた。
風呂を十分に堪能すること約2時間。身支度を済ませ、施設内を散策する。
日が沈み、青紫色の空が広がる中で、グランピング利用客が楽しそうにバーベキューしていた。忙しそうに仕事の電話に出ている人もいて、その姿も金曜の夜らしさが表れていた。
中庭のエリアには、ハンモックとなぜか数台のエアバイクがあった。誰も居ないので、躊躇せずひとりハンモックに寝そべってみた。
ふぅ。風呂上がりなので最高に気持ちが良い。他人の焼くバーベキューの匂いが漂ってくる。その匂いでビールが一杯飲めそうだったが、これからまた30分歩いて帰らねばならない事を思い出し、テルマー湯を後にすることにした。
腹を満たしに焼き鳥屋へ
宿に戻る前に、夕飯を済ませようと駅方面に戻る。
駅までの道は、車通りが激しくとても暗い。テルマー湯でのんびりしすぎているとこういう種類の怖さがあるので、早めに出て来れてよかったと心の中でサムズ・アップする。行きに目にしたホテル近くの焼き鳥屋を目指して歩く。
店内はとても賑わっていたが、運良くカウンター席に滑り込むことが出来た。
ビールを頼むと、「生、黒、ハーフアンドハーフのどれにしますか?」と聞かれる。わたしは生ともろきゅうも一緒に注文した。
空腹と風呂後の発汗は最高の調味料だ。くぅと喉を小さく唸らせてから、メニューに目をやる。
「東松山の焼鳥は、豚のカシラ肉です」と串焼きメニューの上に書いてある。へぇ。確かに近隣を検索すると焼き鳥屋が多かった。名物で、そしてみんなブタの串焼きなのか。
焼鳥(ブタ)が焼き上がり、辛味噌と提供された。
脂がじゅんわり、ガシガシと硬めのお肉、とその間にはネギ。
お、おいしい。自然とビールが進んだ。
せっかくなら2杯目は地元のお酒を飲もうと日本酒を選び、モツ煮と一緒にオーダーした。カシラもおかわりしようとすると、「今日はつくねがおすすめですよ」と店員さんに言われる。ちょっと考えて、「じゃあ、なんこつで!」と笑顔で180度違う注文をする。
「なんかごめんなさい〜w」
「いいのよ、自分の意見を貫くのはいいことよ!」なんて店員さんもわたしも爆笑した。
するとそんな姿を見ていた、隣のカウンターの一人客が話しかけてきた。
「いいお店ですね。」
どうやらお店の人と湧いていたからか、さっさと二杯目に日本酒を頼んだからか、わたしを常連さんと思ったらしい。
隣のおじさんは続けて言う。「ここの焼き鳥は、豚肉のことらしいですね。」
それはわたしもさっきメニューで知ったばかり。
わたしも初回訪問であることを伝えると、ちょっと残念な空気を漂わせていた。
なぜ、こんな場所に宿泊し一人でやきとんを食べているのかを説明するのも、パーテーションの先にいるおじさんに向け声を張って話すのもちょっと面倒で、うつむきがちに会話をしていると、それ以上の会話を諦めてくれた。
数少ない会話の中で、宿泊のホテルが同じことを知った。わたしは先に店を出てコンビニに寄った後、ホテルのフロントで鉢合わせしないように、大通りに面していない方の裏口から中の様子をうかがう。まるで張り込みをしている探偵か、誰かに追われている犯人のような気分だった。
フロントで立ち話をしているおじさんの姿を捉え、無事にエレベーターに乗り込む様子を見送ってから、わたしは部屋にたどり着いたのであった。まったく余計な徒労だった。
酔いを冷ましてホテルの大浴場へ
この日のお楽しみはまだ終わらない。森林ホテルにも、天然温泉を使用した大浴場がある。サウナや、露天風呂と水風呂もある。
十分に酔いをさましてから、部屋着のまま大浴場に向かう。11時過ぎの大浴場は、とても空いていて、わたしが体を洗い終わるころには先に入っていた人が上がり、貸切状態になった。とても得した気分だった。
サウナに入ると、テレビから映画『ボヘミアン・ラプソディ』のラストシーン、ライブ・エイドの場面が流れていた。金曜ロードショーだったらしい。貸切状態でテンションが上っているところに、クイーンが投入され、それはそれは、ウィーアーザチャンピオン!の気分そのものだった。握りこぶしを上げてしまったくらい。サウナとクイーンの熱で心拍数があがる。長湯は禁物だと思い、いつもの時間より早めに外の水風呂へ。ザブーーーんと勢い良く水は浴槽からあふれ、そしてすぐ新しい水が注ぎ込まれる。じきに水も止まり、シーンとなり、体も頭も冷める。
半日とはいえ、テルマー湯に焼き鳥、クイーンまで森林公園を存分に味わったのだった。
ひたすら入浴とサウナを繰り返したので、最高の寝付きだったのは言うまでもない。